動物の言葉はどこまで翻訳された?AIが明かすクジラの音声構造と音声解析の現在

動物のコミュニケーション研究の現在地
人間の「言語」と動物の「鳴き声」を分ける境界線は、どこにあるのでしょうか。
これまで人間に特有のものと考えられてきた複雑なコミュニケーションの仕組みに、最新のテクノロジーが迫りつつあります。
AIを用いた動物の音声解析は急速に進展しており、クジラや鳥類の発声に関する革新的な論文が相次いで発表されています。
しかし、メディアで頻繁に目にする「動物との会話」という言葉と、実際の科学的な成果との間には、いまだ大きなギャップが存在します。
本記事では、最新の学術データをもとに、AIがどのように動物の音を分析しているのか、その具体的な手法と研究の現在をわかりやすく解説します。
第1章 音声解析の転換期
これまでの動物行動学は、動物の鳴き声を「空腹」「警戒」「求愛」といった、あらかじめ決められた反応として分類することが多くありました。
しかし、2024年後半から2025年にかけて、状況が変わり始めました。
計算資源と機械学習の進歩によって、動物の音には、これまで見えていなかった構造的な複雑さがあると分かってきたのです。
背景にあるのは、データの爆発的な増加です。ハイドロフォン(水中マイク)や小型バイオロガー、ドローンといったセンサーが安価になり、「Internet of Animals(動物のインターネット)」と呼ばれるほど、大量のデータが集まるようになりました。10年前なら数人がかりで何ヶ月もかけて聞き分けていた録音を、いまはAIが一晩で処理できてしまいます。この「聞き取る手」が増えたことこそが、受動的な録音から能動的な解読へと分野が動いた、いちばんの原動力だと思います。
こういった、生き物のデータを収集する技術については、こちらで詳しく解説していますので、興味があればあわせて読んでみてください。
「受動的な録音」から「能動的な解読」への転換
第2章 AIはどうやって動物の声を「読む」のか(手法)
ここからは、この記事の技術的な核心に入ります。専門用語が続きますが、ひとつずつ、かみ砕いてご説明していきます。
基本のパイプライン
AIによる動物音声の解読は、おおむね次の3段階で進みます。
AIによる動物音声解読の基本パイプライン
言葉にすると単純ですが、それぞれの段階に大きな壁があります。
音源分離という壁(カクテルパーティー問題)
群れで暮らす動物は、複数の個体が同時に鳴くことが多いものです。
人間なら、パーティー会場の雑音の中でも、特定の相手の声を聞き分けられますよね。これを「カクテルパーティー問題」と呼びます。動物の録音にも、まったく同じ課題があります。誰が鳴いているか分からなければ、その先の解析は始まりません。
この課題に取り組んでいるのが、非営利団体Earth Species Project(ESP)です。
ニューラルネットワークを使い、犬・サル(マカク)・イルカ・コウモリ・クジラ・ゾウなど、複数の種で音を分離するモデルを公開しています(出典:Earth Species Project、Scientific Reports 2021)。
混ざり合った鳴き声から、個々の声を取り出す。地味に聞こえるかもしれませんが、これがなければ、そもそも「誰が何を言ったか」すら分からないのです。
マルチモーダル化(音+映像)
音だけでなく、ドローン映像と組み合わせる手法も広がりつつあります。「チンパンジーが何をしながら鳴いているのか」まで、映像と音声を紐づけて捉える。動物の保全にドローンを活用する動きについては、ゾウ×AIドローン密猟対策の記事でも触れていますので、あわせて参考にしてみてください。
基盤モデルの登場 ( NatureLM-audio)
そして2024年11月、この分野の転換点となる研究が発表されました。
Earth Species Projectが開発したNatureLM-audioです。動物の音に特化した、世界初の「音声言語基盤モデル」だといえます。
仕組みを簡単にご説明します。
BEATsという音声エンコーダー(音を数値に変換する部品)と、Llama 3.1という大規模言語モデルを組み合わせているのです。
ユーザーは「この声の種を教えて」「この録音に鳴き声は含まれている?」といった、自然な文章で問いかけるだけでよく、プログラミングの知識は必要ありません。
NatureLM-audioのしくみ
音声エンコーダー
言語モデル
※ プログラミング不要。自然文で問いかけるだけで、未学習の種にもある程度対応できる(ゼロショット)。
もうひとつ重要なのが、学習していない未知の種にも、ある程度対応できる「創発的能力」を見せた点です。
たとえば、訓練していない「録音中の個体数を数える」という課題でも、ランダムな正答率(約25%)を大きく上回る約38%の精度を出しました。
これは、人間の音声やほかの動物の音から学んだ知識が、まったく別の課題にも応用されたことを示しています。
評価用ベンチマークBEANS-Zeroでは、9つのデータセットのうち7つで従来の最高性能を更新しました。
精度の数字も、条件つきで正確にご紹介しておきたいと思います。
とある鳥類の分類タスクでは、音声のみで約0.78の精度、録音の位置情報などのメタデータを加えると約0.79、さらに記録者による自由記述のフィールドノートまで加えると約0.80まで、段階的に精度が上がったと報告されています。
候補となる種が数百に及ぶ分類課題としては、ランダムな推測を大きく上回る水準ですが、そのまま実運用の判断に使うには、まだ人の目によるチェックが欠かせない精度だといえます。あくまでこの特定タスクにおける報告値であり、言語モデル全体の性能を示す数字ではない点には注意が必要です。
とある鳥類分類タスクでの精度(条件別・NatureLM-audio)
0〜1.0のスケールで表示。差は実際にごくわずかです。
⚠ あくまで、とある鳥類分類タスクにおける報告値です。モデル全体の性能を示す数字ではありません。
日本との縁
このNatureLM-audioの著者陣には、日本人研究者の萩原正人氏が名を連ねています。しかも、評価の土台となったBEANSベンチマークも、萩原氏らによる仕事です。バイオロギングの分野と同じく、この分野もまた、日本と縁が深いんですね。
第3章 マッコウクジラの「アルファベット」
ここからは、この記事でもっとも詳しくご紹介したい研究です。

2024年5月、Project CETI(Cetacean Translation Initiative)とMITのCSAIL(コンピュータ科学・人工知能研究所)が、マッコウクジラの「音声アルファベット(phonetic alphabet)」を世界で初めて提唱する論文を、学術誌Nature Communicationsに発表しました。
マッコウクジラは「コーダ」と呼ばれる短いクリック音の連なりで会話します。研究チームは、東カリブ海のドミニカ沖に暮らす家族群を対象に、2005年から2018年にかけて録音を続けました。動物に取り付けるタグによる詳細な記録は2014年から2018年に集中しています。そこから抽出された、少なくとも約60頭分・8,719個のコーダを解析したのが、この研究です。
コーダは、会話の文脈に応じて構造が変わります。
・従来から知られていた「リズム」(クリック同士の間隔パターン)
・「テンポ」(コーダ全体の長さ)
・テンポを会話の流れの中で滑らかに伸び縮みさせる「ルバート」
・コーダの末尾に音を1つ足す「装飾(オーナメンテーション)」
という、音楽用語になぞらえた特徴が新たに見つかりました。
これら4つの要素が自由に組み合わさることで、これまで知られていた21種類のコーダ・タイプが、実質的にはるかに多くの識別可能なパターンへと広がります。
単純な信号の繰り返しだと思われていたものが、実は組み合わせによって多様な表現を作り出せる、これまで知られていなかった体系だったのです。
マッコウクジラの「音声アルファベット」を構成する4つの要素
→ ただし、それぞれの組み合わせが何を「意味」するのかは、まだ分かっていない
これでクジラと会話できる!となるのはまだ先の話です。
この研究の筆頭著者であるPratyusha Sharma氏らは、「まだクジラが何を"言っている"かは分かっていない。次の段階は、行動の文脈の中でその意味を調べることだ」と明言しています。「アルファベットの発見」は、「会話の解読」とはまったく別のものです。この2つを混同しないこと。それが、この分野を正しく理解するうえで、もっとも大事なポイントだと思います。
⚠️ 「アルファベットが見つかった」=「会話が読めた」ではありません。構造が分かることと、意味が分かることの間には、まだ大きな距離があります。
この発見は、言語学でいう「二重分節性(duality of patterning)」という概念とも重なります。
二重分節性とは、それ自体には意味を持たない小さな要素(人間の言語でいう「音」)を組み合わせることで、意味を持つ大きな単位(「単語」)を作り出す仕組みのことです。人間の言語を特徴づける仕組みの一つとされてきましたが、もしマッコウクジラのコミュニケーションにも同様の仕組みがあるとすれば、これはヒトの言語だけに特有の性質ではないことになります。
ただし、これはあくまで「その可能性がある」という段階の話であり、実証されたわけではないことは、はっきり書いておきますね。
最後に、ひとつの逸話をご紹介させてください。1967年にザトウクジラの歌を発見し、1971年にその成果をScience誌に発表して「クジラを救え運動」の火付け役となったRoger Payne氏は、CETIの最初期からの助言者でした。彼はこの論文が査読中だった2023年6月に、88歳で亡くなっています。亡くなる5日前には、TIME誌にCETIへの期待を綴った最後の寄稿を発表していました。彼が生きているうちに、この論文の出版を見ることはありませんでした。
第4章 クジラだけではない(他種への広がり)
この動きは、クジラだけの話ではありません。
カラスの分野では、セント・アンドルーズ大学のChristian Rutz氏らが、その高い認知能力と発声の関係を研究しています。
ゾウやサル、チンパンジーでも、発声の解析が進んでいます。
興味深いのは、まったく異なる種のあいだで、AIモデルの「知識」が転移する例が報告されていることです。ヒトの音声やテナガザル・マーモセットの発声、鳥とクジラの音といった、種をまたいだ学習の転移が、NatureLM-audioのような基盤モデルの発想を支えています(出典:arXiv 2411.07186)。
これが示唆するのは、複雑な組み合わせによるコミュニケーションが、決してヒトだけの能力ではない、ということです。
まったく異なる生理や生態、社会的な圧力のもとでも、似たような仕組みが独立に進化しうる可能性がある、ということです。
このように、それぞれの研究チームが別々の種、別々の手法で似た問いに取り組んでいます。
ひとつの決定版モデルがすべてを解決するのではなく、種ごとの生態や社会構造に合わせた地道な積み重ねが続いているのが、この分野です。
第5章 限界と「誇張」の見分け方
現状は、動物のコミュニケーション体系を構成する基本部品を洗い出し、音と意味の対応関係を探ろうとしている初期段階にすぎません。ベンチマークで高い精度が出ること=「翻訳できた」ことでは、決してありません。種の識別や鳴き声のタイプ分類ができるのと、意味を理解することは、まったく別の問題です。
CETIの関係者は、「位置の共有や警告のような、"基本的な"双方向のやり取りを2026年ごろに試みたい」という、あくまで願望のレベルの目標を語ってきました。ところが、学術誌「AI and Ethics」(Springer)に掲載されたある論文は、これを「2026年までにクジラと"考えや経験"を双方向でやり取りする」ことをCETIが目指している、と過大に紹介してしまいました。この記述は後に訂正され、「CETIは機械学習の手法でカリブ海のマッコウクジラのクリック音とコーダを研究している」「CETI自身はこれを組織としての目標として明言していない」という表現に改められています。
つまり、訂正したのはCETI自身ではありません。CETIが語った、あくまで慎重な目標が、二次的な紹介の過程で誇張され、それが後になって正された、という事例です。「基本的な信号のやり取り」と「考えや経験の対話」は、まったくの別物です。この境界線のあたりで、ハイプ(誇張)が生まれやすいことを、よく示す例だといえます。
CETIの目標は、どう誇張されて伝わったか
→ 掲載誌側で訂正され、「CETIは機械学習の手法でクリック音とコーダを研究している」「CETI自身はこれを組織目標として明言していない」という表現に改められた
もうひとつ、混同しやすい事例があります。有名な「ザトウクジラTwainとの20分間の"会話"」は、Project CETIの成果ではありません。SETI Institute・UC Davis・Alaska Whale Foundationによる、通称「Whale-SETI」チームの研究です。2021年8月にアラスカで観測され、学術誌PeerJで2023年11月に発表されました。CETIの2024年の論文と時期が近く、しばしば混同されますが、主体はまったく別です。
精度に関する主張(たとえば「行動を約80%の精度で予測」「コーダから個体を99%識別」など)は、いずれも特定の条件下での報告値です。対象種やデータ量、実験設定とセットで捉える必要があります。
第6章 動物と話せるようになったら何が起きるか
種を超えた対話が実現に近づくことは、動物の保全や福祉を前進させる可能性を持つ一方で、誤解や商業的な悪用といったリスクも伴います。
一つ、ご紹介しておきたい論点があります。動物には、コミュニケーション能力の有無にかかわらず、感受性があるという理由だけで、人間が配慮すべき義務がすでにあります。
AIによる動物翻訳の技術は、「新しい道徳的な事実を作り出す」というより、「以前から明らかだったはずの倫理的な義務を、人間にあらためて自覚させるもの」なのかもしれません。
科学が社会や法に問いを投げかける動きも出てきています。クジラの「権利」をめぐる議論は、その代表例のひとつです。もし将来、クジラの発する信号のなかに「警告」や「苦痛」に相当するものが確認されたとしたら、その情報を漁業や海運の規制、生息域の保全計画にどう反映させるべきか。技術が進むほど、こうした問いは抽象論ではいられなくなっていくはずです。
同時に、悪用のリスクにも目を向けておく必要があります。動物の発する信号を人間側が模倣し、群れを特定の場所に誘導する、あるいは警戒信号を偽って行動を操作する、といった使い方も、技術的には視野に入ってきます。保全のための技術が、そのまま管理や商業利用の道具にもなりうるという、この分野特有の緊張関係は、今後も繰り返し議論されるはずです。
📌 この記事のまとめ
- 分野の転換点: 2024年後半から2025年にかけて、動物の音の解読は「受動的な録音」から「能動的な解読」の段階へと移りつつあります
- NatureLM-audio: Earth Species Projectが開発した、動物の音に特化した世界初の音声言語基盤モデル。BEATsとLlama 3.1を組み合わせ、未学習の種にもある程度対応できます
- マッコウクジラの"アルファベット": Project CETIが2024年に発表。リズム・テンポ・ルバート・装飾という4要素の組み合わせで、多様なコーダを作り出せることが判明しました
- 最重要の区別: 「アルファベットが見つかった」ことと「会話が読めた」ことはまったく別です。研究者自身がこの点を明言しています
- 誇張の見分け方: CETIの慎重な目標が、二次的な紹介の過程で誇張され、後に学術誌で訂正された実例があります。査読済みの研究でも、誇張と無縁ではありません
- 倫理的な論点: 動物には元々、感受性ゆえの配慮義務があります。AI翻訳技術は、その義務をあらためて人間に自覚させるものなのかもしれません
参考文献
- Robinson, D., Miron, M., Hagiwara, M., et al. "NatureLM-audio: an Audio-Language Foundation Model for Bioacoustics." ICLR 2025 / arXiv:2411.07186
- Earth Species Project公式ブログ「Introducing NatureLM-audio」
- Hagiwara, M. et al. "BEANS: The Benchmark of Animal Sounds." 2023
- Bermant, P. C. "BioCPPNet: automatic bioacoustic source separation with deep neural networks." Scientific Reports, 2021
- Sharma, P., Gero, S., Payne, R., Gruber, D. F., Rus, D., Torralba, A., Andreas, J. "Contextual and combinatorial structure in sperm whale vocalisations." Nature Communications, 2024(DOI: 10.1038/s41467-024-47221-8)
- Project CETI公式ブログ「Sperm Whale Phonetic Alphabet Proposed for the First Time」
- MIT News「Exploring the mysterious alphabet of sperm whales」(2024年5月)
- Project CETI公式ブログ「In memory of Roger Payne」
- McCowan, B., Hubbard, J., Walker, L., Sharpe, F., Frediani, J., Doyle, L. "Interactive bioacoustic playback as a tool for detecting and exploring nonhuman intelligence: 'conversing' with an Alaskan humpback whale." PeerJ, 2023(DOI: 10.7717/peerj.16349)
- "Ethical implications of AI-mediated interspecies communication." AI and Ethics, Springer, 2025(訂正版)
- Google公式ブログ「DolphinGemma: How Google AI is helping decode dolphin communication」(2025年4月)
- Scientific American「New AI Models Could Let Us Chat with Dolphins」(2025年)

